「旅にヤラれる」と言う表現を聞いたことがあるだろうか。
どういう事かと言うと、文字通り旅にヤラれてしまう病気らしい。
それでは一体何を言っているのかさっぱりわからないので若干解説を加える。
自分で全てを手配して組み立てていく旅は、とてつもなく楽しいが実は結構シンドい(と思う)。
その国を自力で周ろうとすれば、日本とは異なる文化や風土に、時には魅せられ時には辟易しながらも、体中にその国の洗礼を浸透させて行くことになる。
しかし、やがて旅を終えた旅人は日本へと戻り、清潔な服に着替え、ヒゲを剃り、日本の社会構造の中に取り込まれ、旅の記憶を忘れていく。
ところが、日常のふっとした瞬間にその記憶が鮮やかに呼び覚まされる瞬間があるというのだ。
駅で通過する列車が巻き起こした風の向こうに、なだらかな丘陵を埋め尽くした一面の向日葵が、突然浮かぶ。
紅茶の香りに、みすぼらしい欠けた茶碗で飲んだ茶と横に添えられた濁った氷砂糖が、突然思い出される。
そうなるともうダメで、旅の記憶が次々と連鎖反応のように懐かしく思い出されて、しばらくは何も手がつかなくなるという。
これが旅にヤラレるということらしい。
私自身どうかというと、これは良性の反応と受け止めているが、時折ではなく、日常のあらゆる瞬間に今まで旅した国の情景が突然浮かび上がって来る。
つまりは、毎日どこかの国にヤラレちゃっているのである。
そしてその病がどうにも昂じてしまった時、それが次の知らない国への旅のきっかけとなる。
私の仕事部屋には世界地図を始め、東南アジア、ヨーロッパなどの地図がべたべたと張られている。
(それ自体がヤラレる原因となることも多いのだが...)
ふとした折にスタッフが私の部屋を覗くと、壁の地図を眺めながら視線遠く、魂の抜けたような表情をしている私に気付く。
おもむろに彼女は他のスタッフにこう言うのだ。
「またヤラレてる...」
[チェコ共和国 首都プラハの街並 左手にプラハ城、右手にヴルタヴァ川を望む]